これからの児童英語 理想的な講師像

これからの児童英語 理想的な講師像

「児童に英語を指導する教師は単に英語の能力があればできるのではなく、”心底子供が好き”でなければ決して長期にわたってその職務を全うすることは困難である」ということについてはこれまでにもよく言われてきたことです。

 

 

 

そうした資質的要素以外に、これから期待される児童英語教師には、次のようなことも、付帯的要素として必要になってくると考えられます。英語教師といえば当然のことながら国際語として広く世界で使われている英語という言語を教えることをその職務としています。この”国際語”である英語という認識に立ったとき、私たちは「国際感覚(センス)」ということを連鎖的に意識するはずです。

 

 

 

つまり、日本語のように日本人という単一民族のみが使う言葉ではなく、英語は世界の多くの民族が使っている言葉です。それゆえにその各々の民族のモノの考え方や価値観の違いなどをわきまえてバランス感覚を備えた上での使用でなければ国際語としての役割を果たせないのでは、と私たちが考えるからです。

 

 

 

【児童英語教師に必要なバランスのとれた国際感覚】こうした見地に立って考えると、英語講師たるものは、単に英語使用能力を高めるための指導を行うのではなく、もう一方では、国によるモノの考え方の相違や様々な文化の違いなどを教えることにより、バランス感覚をもった指導が行わなければならないのです。そうでなければ、いくら言葉としての英語をスマートに使いこなせても、時としては誤解から摩擦を生じさせることもあって、必ずしも相手とのコミュニュケーションが成立するとは限りません。