英語ができることと教えることは別問題

英語ができることと教えることは別問題

児童英語スクールの講師採用に当たっては、その選考基準に二つの大切な要素があります。その一つは当然のことながら、正しい英語の発音が出来ること。そしてもう一つがこれに勝るとも劣らないほど重要な、「子どもが大好きである」という要素です。

 

 

 

この二つの要素は、どちらがどうとも言えないほど、両方とも不可欠であり大切なものです。でもあえて言えば「子どもが大好き」の方によりウェイトをおいて選考に臨むことが多いような気がします。と言うのも英語力のほうは、英会話教師として応募する以上備わっているのが当然と考えますが、子どもが大好きということになると、どうも本人が思っているほどでもなかったりすることに、後になって気がつくことがよくあるからです。

 

 

 

つまり普段から子ども好きを自認している人でも、多くの子どもを長期間にわたって、常にひきつけながら指導していくということになると、たいていの人は、こんなはずではなかった、と中途で投げ出してしまいたくなることがあるものです。

 

 

 

こうした人は子どもと一緒にいることを心底楽しいと思うような根っからの子ども好きではなく「子どもは別に嫌いではない」程度のものなのではないでしょうか【英語ができても子供をひきつけることが出来なくては児童英語の指導は無理】別の項でも再三述べていますが、子供は英語を学ぶ必要性も目的も持っていないのが普通です。そうした子供に対して、ただ学科として知識や技術を教えようとしても無理です。

 

 

 

ですから授業の効果などを考える前に大切なのは子供をひきつけることです。先生が好き、レッスンがおもしろい、この二つの要素がとても大事なのです。つまり英語ができても子供をひきつけることが出来なければ児童に英語を指導することは出来ないのですから。